証し 新谷美智雄



  • 2022/09/30

痛みの中に働かれる神


広島平和教会 責任役員 新谷美智雄

広島平和教会の今年のテーマ聖句は、ヤベツの祈りです。ヤべツは彼の兄弟の中で最も重 んじられました。彼の母は、『私が痛みのうちにこの子を産んだから』と言って、彼にヤべ ツという名をつけていました。ヤベツはイスラエルの神に呼び求めて言いました。『私を大 いに祝福し、私の地境を広げてくださいますように。御手が私とともにあってわざわいか ら遠ざけ、私が痛みを覚えることのないようにしてください。』神は彼の願ったことをかな えられました。

幼少のころ道端で遊んでいると、綺麗な女性が通り掛かったので顔を見上げると、顔の一 部がケロイドになっている人をよく見かけて、子ども心に不思議に思っていました。

あれから50 年、観光バスの仕事をしていて、衝撃を受けた心に残る送迎の仕事があります。 同窓会の幹事と、全国から集まった60代の男性と女性20名を、広島市から100キロ 離れた田舎の家へ送迎しました。バスの中では、互いに相手を思いやり、いたわり合う気 持ちが伝わってきて、子どものころの呼び名で名前を呼んで、再会を喜んでいました。 彼らは、広島に原爆が落ちた場所の真下にあった小学校の生徒さんたちで、両親は広島市 で被爆に会い、全員が疎開したこの場所で、原爆孤児になった人たちだとわかりました。 その時の担任の先生が現地で参加されて、まるで大家族の集まりのように再会を喜んでお られました。

小学生で両親を失うという試練に遭遇した痛みの中で、それぞれの人生を、ここから歩ん で行かれました。私を指名してくださった幹事さんは、会社を経営しておられて、人の気 持ちを大切にされる方でした。

原爆が投下された朝、私の母と母の弟は12~14歳だったので、広島市で建物疎開や制 服作りに動員されていました。8 月6 日の8 時15 分に広島市の上空は、3000 度の熱と放射 能に襲われました。母は焼けた弟を捜して看病しましたが、亡くなりました。

建物疎開に学徒動員された8000人の内6000人の未来がなくなったと聞きました。 母から原爆のことは、一言も聞いたことがありません。原爆で頭の毛がなくなっていたと、 疎開していた母の弟から聞きました。私が小学校の頃は、原爆の熱さで川に飛び込んだ同 じ川で、泳いで遊んでいました。大きなハマグリや貝が取れるのに、だれも食べなかった ので不思議に思っていました。

15歳の時に、神が無条件の愛で私を愛してくだり、私の罪のために死んでくださったこ とを受け入れて、洗礼を受けました。広島平和教会は、比治山という山の陰になって、原 爆から守られた地区にありました。
今から5 年前に広島市の開発地区に選ばれて、教会を新しい場所に建て替えることが決ま りました。しかし、なかなか教会の建設が決まらなかったので、市役所の開発部の責任者 から呼び出しがあって、期限が迫っているので早く建設をお願いします。新しい開発地区 にキリスト教会の建設は、この地区では、これが最後になると聞かされました。この責任 者は教会建設に、いろいろなアドバイスを下さり、教会建設を神様が導かれているように 感じました。

教会では、いろいろなことがありましたが、教会の建物は無事に完成しました。しかし、 牧師がいなくなり、聖書を字義通りに学んだことがなかったので、教会の在り方がわかり ませんでした。6人の信徒で礼拝を行っていました。

妻の友人から特別集会に招待されて、そこに出席しておられた夫人から、中川先生のメッ セージのCDを頂いて、夢中になって聞きました。

私たちは、アダム以来、罪を宿して生まれてくるようになった。しかし、イエス・キリス トを信じるなら、どんな罪人でも救われる。人間的な思いに囚われないで、福音の内容を 受け取った人が救われる。

また恵みにより、聖書塾で聖書を字義通り、学ぶことがゆるされました。

そして、神様から素晴らしい贈り物が与えられました。中川牧師が主任牧師に就任され、 そして、森田伝道師が就任されました。 コロナになりましたが、中川牧師のメッセージを聞きzoom で礼拝をし、森田伝道師による 復習会の学びと、第一週の礼拝では、森田伝道師のメッセージを通して礼拝が行われます。 聖書の学びが楽しく信仰の友が与えられています。

原爆の日に、小学生が疎開していなかったら、今日の再会はなかったのです。まるで、選 び分かたれたようにみえました。
母は、原爆のつらい思い出を胸の中にしまっておいたと思います。教会の集会に父と数回 出席してくれました。最後は、母のありがとうということばで別れを告げました。

広島は世界に向けて平和を語れる立場にあると思います。今日の広島平和教会は、それぞ れの人生で与えられた賜物を持ち寄った人が、助け合いながらキリストの教会を建て上げ ています。
聖霊に導かれて、聖書の学びと、祈りと、賛美を主にささげて、主が働かれて、新しい魂 の救いが成就することを祈ります。

  • 2021/11/28

イエス・キリスト・ご自分のいのちをくださった方


広島平和教会 責任役員 新谷美智雄

15歳の時、同じ陸上部の友人に誘われて、教会の伝道集会に出席しました。そこで、神 は愛であるというメッセージを聞いて、胸が熱くなり、心の中に明かりが灯った気持ちに なりました。

15歳で洗礼を受けて、教会の行事に参加することがクリスチャンの責任と思い、集会に はなるべく出席しました。後に、礼拝の司会や、聖歌隊にも参加することが許され、多く の伝道集会や聖会で、有名な牧師先生の話を聞いて感動しましたが、自分が教会の奉仕を することで神の平安が与えられると思い、教会生活を送っていました。イエス・キリスト が自分の罪とどのような関わりがあるのかがよく分かりませんでした。

今年の教会のテーマ(信仰の本質)は、「信仰の創始者であり完成者であるイエスから、目 を離さないでいなさい。この方は、ご自分の前に置かれた喜びのために、辱めをものとも せずに十字架を忍び、神の御座の右に着座されたのです。」という、ヘブル人への手紙の 聖句です。以前私は、この中で特に、「ご自分の前に置かれた喜びのために、」という意味 がわかりませんでした。わたしは聖書に書いてある字義通りの霊的解釈を学ぶのではなく、 いつも自分の日常で感じている感覚によって聖書を捕らえていました。

しかし、19歳の時,雨の日の夜に、車で右折した時、自転者が走って来て接触し、相手 の方は頭を打って病院に運ばれました。この事故によって人の命は、自分の力ではどうに もならないことを知りました。私は、この世での私の人生は終わったと思いました。病院 の椅子に座って、初めて本気でイエス・キリストの名によって祈りました。

自分はどうなってもいいので、あなたに信頼します、どうか相手の方の傷を回復させてく ださい。自分が犯した罪を赦してくださいと祈りました。その時、心の中に「汝の重荷を 主にゆだねよ、さらば我、汝を助け給わん。」と言う言葉が心の中に響きました。そして、 喜びと共に平安が与えられ、その言葉にすべてを預けました。相手の方は数か月後に退院 されました。このことを通して、聖書の神は、罪の苦しみを共に負ってくださり、霊的な 祝福の中に、わたしを入れてくださる神であることを経験しました。悔い改めて、イエス に信頼する者には、ご自分の命を与えてくださり贖って、ともに喜んでくださることを知 りました。

イエス・キリストを信じて、今年も何十回目かのクリスマスを迎えます。
神の愛に包まれて今日まで来させていただいたことを感謝し、心の底からの感謝と讃美を、 私の主、イエス・キリストにお捧げしたいと思います。

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